はてなキーワード: 日本兵とは
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はてな匿名ダイアリーの記事(2026年5月18日)では、以下のように指摘されています:
こうした認識に対して、1970年代の日本赤軍(JRA)の活動は、文化的・象徴的な「カミカゼ的行動様式」を中東に持ち込み、後のテロ議論に間接的な影響を与えた歴史的事実として注目されます。「テロを正当な革命手段」とするイメージの伝播です。
重信房子(1945年生まれ)は、共産同赤軍派の活動家として1970年に「国際根拠地論」を提唱。日本国内での武装闘争の限界を感じ、海外で世界革命を進める拠点を求めた。1971年頃、奥平剛士らとともにレバノン(ベイルート周辺)へ渡航。PFLP(パレスチナ解放人民戦線)のワディ・ハッダード派と接触し、訓練・資金・拠点の支援を受けました。JRAはマルクス・レーニン主義の世俗左翼として、反帝国主義・反イスラエルを掲げました。
JRAの活動が世界に知れ渡った決定的事件。岡本公三(当時24歳)、奥平剛士、安田安之の3人がPFLPとの共同作戦で実行しました。
ローマ発の航空機で到着後、手荷物から自動小銃と手榴弾を取り出し、空港ロビーで無差別乱射。民間人(プエルトリコ巡礼者中心)26人死亡、約80人負傷。実行犯2人は手榴弾で自決、岡本のみ生存・逮捕されました。
顔を破壊して身元特定を防ぐ「自爆的要素」を含み、事前に「全員死亡覚悟」と位置づけられていた。PFLP名義で声明が出されましたが、日本人実行犯の衝撃でJRAの名が国際的に広まりました。
民間人大量死傷という無差別性にもかかわらず、一部で「帝国主義に対する正当な抗議」と正当化する風潮を生みました。
京都大学在学中に学生運動に参加。1971年に中東へ。JRA実質的リーダーとして声明・戦略を主導。2000年に大阪で逮捕され、2001年に獄中から「解散宣言」。2022年出所後も過去の事件を一定程度評価する立場。娘・重信メイ氏も活動に関わりました。
鹿児島大学在学中に入党。ロッド事件唯一の生存者。イスラエルで終身刑判決も、1985年にPFLP-GCとの捕虜交換で釈放。レバノンに政治亡命し、現在もベイルート郊外で暮らします。2022年の事件50周年集会に姿を見せ、パレスチナ支持者から敬意を集め続けています。PFLPやヒズボラの庇護下にあり、公の活動は制限されています。
・他にも丸岡修(ダッカハイジャックなど)らが中東拠点で活動。多くのメンバーがレバノン内戦の渦中で生活しました。
日本赤軍の決死攻撃は、WWIIの神風特攻とは文脈が異なります(国家間戦争 vs. 非国家テロ、民間人標的)。
現代テロの「自爆的プロパガンダ攻撃」のイメージに寄与したとの指摘があります。
直接の支援関係はPFLP(世俗左翼)中心で、後のイスラム主義過激派(ハマスなど)とはイデオロギー的に競合・距離がありました。しかし、手法の先駆者として無差別攻撃・人質テロ・決死突撃の戦術的イメージは残りました。冷戦終結で左翼テロは衰退しましたが、宗教原理主義テロがこれを継ぐ形でグローバル化しました。
はてな記事の「まったく同じ」という素朴な指摘は、表面的な類似として一理あります。一方で、日本赤軍という実際の日本人グループが中東で「カミカゼ的な決死テロ」を実践したことで、日本の行動様式(死を恐れぬ突撃のイメージ)が現地に伝わった歴史的事実があります。
彼らの行動は国際テロリズムの先駆けとなり、中東の一部で「外国人による犠牲的支援」の美談を生んだ一方で、民間人被害の深刻さとイデオロギー的暴走の危うさを示しています。
wildhog 2026/05/18
イスラム国は1トン以上の爆薬を積んだトラックを「戦闘で死んだら天国で72人の処女とやれるぜ」と言って連れてきた少年に運転させて自爆攻撃する戦術で恐れられていた 。威力も怖いが世界の認知や考えが怖い
「考えが怖い」と書いてあるけど、日本兵の神風特攻も同じじゃね?
・人間以上のなにかを崇めて、死んだら良いことあると思い込む。
・自分がやらないと敵国が攻めてきて自分の国や家族を壊されると言い聞かされる。
ほらまったく同じ。
今の日本だって、中国軍に何人か殺されて日本政府のプロパガンダに洗脳されたら喜んで神風特攻するネトウヨはきっと何百人もいる。
※ちなみにイスラム原理主義者は2026年現在も生きてるから「日本の80年前と同じところにいるのは価値観が遅れすぎ」と思うだろうが、
中東地域は戦後80年ずーーっとアメリカとイスラエルのせいで戦場にされ続けてた。経済成長する暇もないし憎しみばかり増えるのは当たり前だからな。
元寇の記録見ると、日本兵が最強の戦闘民族だったのは間違いないらしい
元寇(蒙古襲来)における鎌倉武士の奮闘は、近年歴史研究の分野でも再評価されており、ご指摘の通り「最強の戦闘民族」と評されるにふさわしい、実力と蛮勇さで世界最強のモンゴル帝国軍を圧倒していたという説が強まっています。具体的には、以下の要素が当時の日本武士の強さを物語っています。高い戦闘能力と夜襲: 1274年の「文永の役」では苦戦したものの、2度目の「弘安の役(1281年)」では、日本側は事前に防備を固め、九州武士団を中心に獰猛な戦闘能力で元軍を圧倒しました。神風(暴風雨)の前にすでに優勢: 昔の説では「神風(台風)」が最大の勝因とされていましたが、実際には暴風雨が来る前、すでに日本軍は実力で元軍を撃退、あるいは追い詰めていました。高い士気と「嗜殺」の記録: モンゴルに服属した高麗の記録では、日本人は「殺生を好む(嗜殺)」と報告されており、相手が恐れるほどの獰猛さを持っていたとされています。白兵戦の強さ: 集団戦法と火器(火箭など)を駆使するモンゴル軍に対し、個人の剣技や弓術に優れた武士たちが接近戦で大きな戦果を挙げ、竹崎季長(たけざきすえなが)のように、不利な状況でも果敢に戦う武士が多くいました。「神風」はあくまでトドメの要因であり、日本武士の圧倒的な実力こそが最大の勝因だったとする見方が、現在の歴史学では主流になりつつあります。
アメリカがイランの核開発を口実に戦争を始めた。ウクライナでロシアが戦術核を使うのではという懸念は大きな関心事になった。何か「核が使われたら何もかもおしまいなんだ」というようなタブー意識が社会に共有されている。
等々、本音ではただでかい爆弾としか思ってないくせにわざとらしく核兵器を「特別なタブー」として祭り上げてるとしか思えないのである。
何のためかと言えば「核保有クラブ」の既得権を維持するため、それ以外の国が核保有に動くことの政治的コストを吊り上げるためだろう。
つまり反核・平和活動家のたぐいはアメリカの手のひらの上で踊らされているのである。
同様の構図は元日本兵の戦争体験によるトラウマがタブーとして封殺されてきたことにも見て取れる。戦中は「単なる弱音」として体制側が圧殺した。そして戦後は左派が「悪者」たる日本兵に内面などないかのように、圧殺役を引き継いだ。左派のお気に召す形のナラティブしか言論空間に存在を許されなかった。
左翼のやることっていつも完全に裏目に出るよな。うっかり政権取って弱者のためと言ってみんなを貧しくするようなことしかできないし。
てかブクマカのみなさんがなんで日本兵のトラウマみたいな話題で3桁ブクマつけて盛り上がってるのが全然わからないっす。いつもの反戦リベラルの女性研究者アゲなんすかね。
圧倒的映像美と圧巻のアクションシーンと散漫な物語が三位一体となった映画だった。67点。
冒頭に「中国武術は中国大陸がそうなように南派と北派に分かれていて、でもいろいろあって中国は統一したから武術も統一する必要があるよね。だもんで南派と北派の代表が戦って統一継承者を決めることになったんよ」みたいなナレーションが入るので、そういう達人たちが戦って最強を決めるハチャメチャアクションなのかと思ったら、実際には武術大河群像劇だった。
・南派の代表、詠春拳の宗師イップ・マンいや、イップ・パーソンもしくはイップ・ファイター(ポリコレ配慮)の興隆。
の3つの流派の戦いを軸に、それぞれの武術流派がどのように時代をサバイブしてきたかを描く。
まぁ、とにかく映像が圧倒的だったね。確か当時は「LOVERS」とか「英雄-HERO-」とか香港のアート的アクション大作ブームだったと思うんだけどその中でも相当金かけてしっかり作られてる。小道具大道具役者全部にしっかり金かけてその上撮り方もしっかりしてる。1秒も気を抜いたショットがない。雨のシーンも雪のシーンも室内も室外も全部きっちりデザインされている。もろちんそれを以てリアリティがないと批判することもできるとは思うけど、映像作品としての映画として非常に正しく誠実なアプローチだと思った。
これは次のアクションのところにもかかってくるんだけど、香港映画人がなぜか大好きな雨の中のカンフーシークエンスが3回くらい出てくるんだけど「俺は雨の中のカンフーシーンを撮るスペシャリストだ」っていう気概が感じられる、KIAIが入った出来でよかった。まぁ香港アクション特有のなんか急にふわっとするワイヤーアクションは俺はあんま好きじゃないけど。スローモーションの多用も「ここが見せ場なんや!」という強い意志を感じる。まぁ、どんだけやるねんとは思うけどさ。
で、アクションだけど今作が武術大河だなぁと思うくらいにはとにかく気合が入ってる。LOVERSや英雄が「武侠ファンタジー」だったのに比べるとこちらはかなり地に足がついた表現になっている。まぁワイヤーアクション使ってるし、スローも多用してるから全然ファンタジーなんだけども、それでもしっかり武術してるのが印象的。
特にめっちゃ気になったのがすげー足のポジションを映すのね。普通のアクション映画でも吹き飛ばされた後の踏ん張りのシーンとかで足を映すとかはあるけど、構えを変える、出す技を思案する、敵が動く、いろんなシーンで足のポジションを変更しているのを映す。もし向こうの観客がこれ見てニヤリとしてるんだとしたら武術リテラシー高すぎるだろ。
また武術を通じて人を映そうとしているのも印象的で、イップは実直な線の動き、チャンは柔らかい円の動き、チャンの仇は激しくパワフル、八極拳は極めて暴力的とそれぞれの使う人間の人格を使う武術に反映させている。
人体破壊描写も実は少なくて特にイップはいろんな人と戦うんだけど蹴ったり突いたりはするけど大怪我をさせるようなシーンはほとんどなく、逆に特攻出の八極拳の一線天はめちゃくちゃ相手を破壊する。そして八卦掌のチャンも女性らしい柔らかな戦い方をするんだけど仇を取る際に始めて相手の関節を決めて腕をへし折るという破壊行為に出る。どういう戦い方をしてどういう結果を得るかということがその人物の情景描写になっているのは、さすが武術ドラマだなと感じた。
ただ、この圧倒的に気合が入った映像パートに比べるとストーリーパートはどうにも厳しい。
ある程度、史実に基づいた大河設定だからしょうがないんだろうと思うんだけど、それぞれの流派のストーリーの接着が弱い。イップとチャンは南派と北派の戦いの際に戦って心を通じ合わせ、その後、次代の激動にもまれ離れ離れになり最後には再会するんだけど、八極拳の一線天に関しては幕間幕間で「一方その頃」みたいな感じで出てくるだけでイップとは一切絡まない。まぁ実際歴史的にも一方その頃八極拳はこんな感じでやってましたって感じだったんだろうけども。
また、イップは南派と北派の継承争いに向けて南派内での指導戦や実際の継承戦、その後のチャンとの戦いを序盤で消化すると後は時代が変わってめちゃくちゃ困窮して辛くて子供は死ぬわ、香港に渡ったらイギリスに併合されたから本国に帰れなくなるわ散々だよ~って感じで武術的な見せ場が急に減り、北派の内部抗争として北派の宗師をうっかり殺した一番弟子VS宗師の娘のチャンの戦いがメインバトルになっていくがそこにイップは一切関わらない。
この一番弟子ってのが最初からイップにも食って掛かるし、日中戦争がはじまると日本軍に取り入ってリッチになっちゃうしでメインヴィランっぽい感じなんだけどイップとは戦わないんだ、そういう感じなんだっていうのは見てるこっちからするとけっこう肩透かし感があったかな。
気合の入った映像部分に比べるとこっちは「そういう話だったんだからしょうがないじゃん」みたいな、エンタメとして過度に盛り上げようとはしてない感じには見えた。もろちんそれが誠実な態度と言えばそうなんだろうけど、なんかもっと楽しませてくれてもいいじゃん。僕は不満です。
あとは、時代的に途中から日中戦争がはじまってそのせいで裕福だったイップはめっちゃ苦労する展開になるんだけど、過度な抗日展開になってなかったのはよかった。ないとは言わんけど、まぁこれくらいなら実際の時代の流れ的にこう言うこともあったんやろなってレベル。抗日戦争が始まってってなったときに、ここからイップ達が力を合わせて日本兵と戦う展開になったら嫌だなぁと思ったけどそんな展開はなかった。
最後に出てくる幼少期ブルース・リーがめっちゃブルース・リーの子供時代クソガキ感があってよかった。こいつが後のブルース・リーですよみたいには紹介はされないけど見ててわかるようになってるのもニクい。
今は亡き香港大作映画の映像面に関しては一種の到達点の一つだと思うしアクションも非常に良い。もろちん、現在主流の実務的なアクションとは程遠いが、アクションを作品内での登場人物同士の対話として成立させる腕は歴史の長さを感じる。
そんな激怒されるようなことしてるか?っていうとそれぞれ単体では問題なさそうなんだよな。
日本人慰霊碑に献花は他の首相もやってるし、日本兵だけの慰霊碑でもない。
ただ、その後に行った国家記念碑には日本の占領政策下で亡くなった人もまつられているわけで、そこに邦人を慰霊した後「マレーシアの歴史に思いを馳せました」と言ってしまうと「日本の慰霊碑と比べると他人事みたいに言うけどなんで死んだか分かってんの?」となってしまう。
2つを並べた事によって「日本人は慰霊するけど、日本がやった加害行為には向き合わない人」って文脈が発生しちゃってる。
まあなんも考えてなかっただけだと思うが…
発信なのがダメだったようだ
旧twitterでちらっと言ってる人がいて知ったけど、
対応して大々的に抗日狩りをやって9万7千人の投獄と大虐殺になってたのね
華人以外のマレー人とインド人もたくさん殺されたのは見当がつく
イスラエルがハマスを狙うと言ってパレスチナ虐殺してるの連想しちゃったよ
wikipediaが全部本当かは疑わないといけないけど参考には助かるね
ついでに関連ブクマ
旧日本軍兵士を「英雄」とたたえ怒り招く、マレーシアで慰霊碑の撤去要求
2025 今回の件
マレーシアに訪問し慰霊碑に頭を下げた高市早苗にマレーシア人がブチギレ「日本帝国軍がマレーシアで多くの人を虐殺したのを忘れない」
伊藤博文役でリリー・フランキーが出演してるから興味あって鑑賞したんだがマジで安重根が朝鮮民族の英雄として描かれてて酷かった。
映画は安重根がハルビンでリリー・フランキーを銃殺して旅順で死刑になるまで(1910年3月)しか描かれないのだが、エンドロールの手前にこんな説明文が挿入される
「その後も日帝の抑圧は強まり義士達の闘争は続いた。そして36年後、遂に韓国は独立した」みたいな感じの文章なんだが、これだけ読むとまるで義士達の闘争の成果として韓国が独立したかの様に誤解してしまいかねないめちゃくちゃイデオロギッシュな悪文なんだよ。実際は米帝のおかげなのに。
もっと言うと安重根がハルビンでリリー・フランキーを殺害しちゃったせいで日韓併合論の機運に拍車がかかった事実を無視してる。
日帝は伊藤博文暗殺事件を口実に日韓併合に踏み切ったわけで、その意味では安重根は祖国を亡国へ導いた人物とも言える。
それ故かこの映画では日韓併合について作中では一切触れないし説明文すらない。
つまり安重根がリリー・フランキーを殺害した時点でも、旅順で処刑された時点でも、韓国は日帝にまだ併合されてなかったという事実に触れないんだよな。
安重根が日韓併合の口実を作ったという不名誉かつ不都合な事実に触れたくないという意思を感じる映画で俺はそこが不満だった。
あとシアターの雰囲気も独特で俺の右隣の老紳士は作中の台詞(韓国語)を小声で反芻してて、安重根がリリー・フランキーを殺害したシーンでは幾度も首を縦に振ってた。