はてなキーワード: 掲示板とは
友人がガルちゃん民ならまだ「ええ!?ガルちゃん民?マジ?……まぁ良いか、一緒に夕飯食べに行く?」で済むけど
cremu民だったら連絡取りたくなくなるレベルで凄まじい
ガルちゃんや5chなんて目じゃない
5chの人気スレが「同人音声・アンチスレ・AI生成・愚痴・同人の流行・~が嫌い」で
ガルちゃんの人気・新着トピックの一覧が「W杯、芸能人の結婚、ドラマ、美女とブス、天皇」だとすると
cremuの人気・新着トピックは「陰口、~が嫌い、~が苦手、物申す(他の作家への文句)、~の雑談(悪口)、偏見、愚痴(他人に対して)」で8割埋まっている
普通に見えるスレも開けてみると陰湿な小言ばかり書いてあったりする
どんだけ人の悪口で盛り上がってるんだよこいつら、性格悪すぎるだろ
こんな奴らが表向き普通にXをやって同人出していると思うと怖えよ
女性同人作家ってもしかして全員裏ではこんなネチネチしてるのか?と思ってしまうぐらい凄まじい
手を描く時に爪まで書くやつはデブとか、!マークを文章に使うやつはフレネミーだとか
同人が全部はけた発言は自分に対するマウントだとか、差し入れされたミネラルウォーターが貧乏くさくて捨てたとか
悪口言わない人は信用できない、友人と絵の実力が離れて縁を切りたい、謙虚な人間は謙虚アピールでうざいだけとか
めちゃくちゃ細かいことでネチネチ喋っている
一周回って面白い陰湿さだからもっとガルちゃんみたいに取り上げてほしい
初カキコ。。。ども。。。
俺みたいな令和になっても「ぬるぽ」と打ったら「ガッ」を期待してしまう腐れインターネット老人、他に、いますかっていねーか、はは。
当時のネットは今みたいにアルゴリズムが「あなたへのおすすめ」を決めてくれる場所じゃなかった。リンクを踏み、リンクを踏み、気が付けば知らない個人サイトのキリ番を踏み、「踏み逃げ禁止です!」と書かれていて震える。そんな時代だった。
台風が来ると誰かが「コロッケ買ってこい」と言い出す。誰も理由なんて知らない。でもスーパーからコロッケが消えるかもしれないという、意味不明な一体感だけはあった。
「俺の右腕が疼く……。」
そんな設定を書き連ねた黒歴史ノートは、押し入れの奥に封印されたままになっている。触れるな危険。開けたら最後、SAN値が下がる。
そして「ググレカス」と返される。
泣きながらYahoo!知恵袋へ行く。
そこでも解決しない。
「(´・ω・`)」
「( ゚д゚)」
「m9(^Д^)プギャー」
「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」
「wktk」しながら更新を連打し、「ktkr」と叫び、「これはひどい」と締めくくる。
失敗したら「orz」。
実に平和だった。
ニコニコ動画では弾幕が流れ、「職人」が現れ、「市場」が荒らされ、「自重しろ」が褒め言葉だった。
VIPには毎日「安価で○○する」スレが立ち、>>1は大体途中で消えた。
「おまいら」。
「もちつけ」。
「うはwwwwwwww」。
「自演乙」。
「逝ってよし」。
「sage進行で」。
「マターリ」。
意味なんて知らなくても使えた。
「ぬるぽ」。
「ガッ」。
これだけで世界が完成していた。
ラノベ好きは「ハルケギニアのルイズに届けっ!」と祈りながらSS投稿サイトを巡回していた。
異世界転生なんて言葉が一般化するずっと前、俺たちはゼロの使い魔世界へ行く方法を本気で議論していたのである。
今思うと正気ではない。
全部経験で覚えた。
「希ガス」と書けば許された。
「だが断る」が万能の返答だった。
「お前それサバンナでも同じこと言えんの?」
もちろん言えない。
でも知っている。
そんな呪文だった。
ネットは今よりずっと不便だった。
動画は止まるし、画像は表示に時間がかかるし、「このページはInternet Explorer 6.0でご覧ください」と書いてある。
「ただいま」と書けば、
「おかえり」
と返ってきた。
顔も名前も知らない誰かと、毎晩くだらないことで笑っていた。
今のSNSは便利だ。
でも、あの頃のインターネットには「迷子になる楽しさ」があった。
意味不明なFlashを見て腹を抱えて笑い、「ようつべ」と呼び、「うごメモ」で遊び、「Winamp」のスキンを変え、「Lhaplus」で解凍し、「Susieプラグイン」を探し、「Winnyは危ない」と言われ、「Cabos」を使って怒られ、「Firefox最強」と宗教戦争をしていた。
「インターネット老人会」なんて言葉が生まれるとは、当時は誰も思っていなかった。
でも今でも、台風が近づけばコロッケを思い出すし、「ぬるぽ」を見れば指が勝手に「ガッ」と打とうとする。
人は成長する。
それでも平成インターネットの住民だったという事実だけは、俺たちのレジストリからアンインストールできない。
──長文スマソ。
オタク文化への参入には、各時代ごとに異なるコストが存在した。ここでいうコストとは金銭だけでなく、技術的リテラシー・情報探索能力・社会的リスク(スティグマの引き受け)を含む。
技術革新のたびにこれらのコストが段階的に引き下げられ、それまでオタク文化圏の外側にいた層が流入してきた。以下、3つの時代区分に沿って整理する。
| 経済力 | 専門誌・同人誌・OVA・ゲームソフト・PCパーツ等の購入費。いずれも安くない |
| 技術的リテラシー | PC自作・ネットワーク設定・セットアップなど。男性オタクは事実上「ギーク=技術者気質」であることが前提だった |
| 情報探索能力 | 専門誌の購読、パーツショップや同人ショップへの物理的アクセス、即売会への参加。情報は待っていても来ない |
| 社会的コスト | 「オタク」は強い蔑称であり、自称するにも周囲に知られるにも大きなスティグマを伴った |
「電気街としての秋葉原」は、この世代の空間的象徴である。無線・自作PC・パーツショップが集積する街は、技術的リテラシーそのものが入場料だった。
同人誌即売会に行かなくても、自宅のPCからオタク活動ができるようになった。 これが第一の参入障壁低下である。
| 新たに可能になったこと | 残存した障壁 |
|---|---|
| 個人サイトでの作品公開(「オン専」の誕生) | HTML/CSSの手書き、レンタルサーバーの契約・FTPアップロード |
| 掲示板・チャットでのコミュニティ形成 | PC所有が前提。回線契約・ルーター設定なども自力で行う必要 |
| 匿名性による「隠れオタク」の実現 | 検索能力・ネットリテラシーがないと目的の情報にたどり着けない |
第1世代から第3世代への過渡期として重要である。参入障壁は下がったが、「PCを持ち、自分でネットワークを構築し、HTMLを書ける」という条件は、結果的に知的・経済的フィルターとして機能し続けた。この時代のオタクは第1世代の気質を色濃く受け継ぎつつ、活動の場をオンラインに移した存在といえる。
| 消滅した障壁 | 具体的な変化 |
|---|---|
| PC所有・回線契約 | スマートフォン1台+携帯回線で完結。何も分からなくてもキャリアショップで丸投げすればアクセスできる |
| 技術的リテラシー | SNSのアカウント作成にHTMLもFTPも不要。タップとフリックだけで発信できる |
| 経済力 | 基本無料のソシャゲ、無料のSNS、無料の配信プラットフォーム。コンテンツへのアクセスコストが劇的に低下 |
| 情報探索能力 | アルゴリズムが「おすすめ」を自動で届ける。検索しなくてもコンテンツが向こうから来る |
| 社会的スティグマ | 「オタク」が蔑称から自称に変化。アニメ視聴やゲームプレイが普通の趣味として社会的に許容される |
「オタクが変質した」のではなく、従来のフィルターが消滅したことで、それまでフィルタリングされていた層が初めて同じ空間に入ってきたという構造的変化が起きた。
| 出版・即売会の時代 | 個人サイトの時代 | スマホ・SNSの時代 | |
|---|---|---|---|
| 必要な機材 | PC・ルーター | PC・ルーター | スマートフォン |
| 必要な技術 | PC自作・ハードウェア知識 | HTML/CSS・FTP・検索能力 | アプリのインストール |
| 必要な経済力 | 中流以上 | 中流程度 | 不要(無料コンテンツ) |
| 活動の中心 | 即売会・専門店・サークル | 個人サイト・掲示板 | SNS・ソシャゲ・動画配信 |
| コンテンツとの関係 | 創作・考証・収集 | 創作・批評・交流 | 消費・共有・推し活 |
| 社会的コスト | 極めて高い(強いスティグマ) | 中程度(匿名で隠れ可能) | 低い(オタクが普通の趣味に) |
| 典型的な流入層 | 理系・ギーク気質 | 左記+文系でもPC使える層 | 学歴・経済力・技術力を問わない |
この現象の本質は、技術革新によるフィルターの段階的消滅である。
第1世代のオタク文化は、高い参入障壁ゆえに意図せず同質的な集団を形成していた。中流以上の家庭、一定以上の知的能力、技術への関心。「オタク活動を行うために事実上必要だったリソース」が、結果として文化圏内の行動規範(原作への敬意、考証の重視、創作への志向)をある程度共有させることに繋がっていた。
個人サイトの時代は過渡期として、活動の場をオンラインに移しつつも、PCと技術的リテラシーというフィルターが旧来の同質性を概ね維持した。
スマホとSNSの登場は、このフィルターを根本から消滅させた。その結果、「昔のオタクに近い属性を持つ層」と「昔ならオタクじゃなかった層」が同じ空間に共存することになり、行動規範の衝突が生じている。従来のオタク文化圏にはなかった行動様式、原作を読まない、考証を重視しない、挑発を楽しむ、パチスロや風俗との地続きの消費行動が流入したことへの戸惑いを招いている。
重要なのは、これはどちらが「本物のオタク」かという本質主義的な問題ではないということだ。「オタク」という語の指示対象自体が拡大・変容している。かつてオタクとは特定の技術的・知的プロファイルを持つ少数者の呼称だったが、現在では「二次元コンテンツを消費する人」程度の意味に薄まっている。これは大衆化の必然的帰結であり、あらゆるサブカルチャーがメインストリームに吸収される際に起きる普遍的な現象である。
ただし、この変化には不可逆的な喪失も伴う。秋葉原がギークの技術コミュニティから性風俗街に変貌したように、参入障壁の消滅は文化の質的変容を引き起こす。
技術革新によるフィルターの段階的消滅により、量的拡大と質的変容が同時に進行し、「オタク」が希釈した。それが、オタクに起きたことである。
爆サイの最大の特徴は、「地域・カテゴリ」ごとに細かく細分化されている点です。
地方都市の住民や、パチンコ・パチスロ、夜の店(風俗・キャバクラなど)に関わる人が多く集まります。ネットサーフィンが趣味というよりは、「地元の情報交換」や「特定の趣味(ギャンブルなど)」のツールとして使っている人が中心です。
ローカルな噂話: 「〇〇市で生でヤらせてくれる人妻募集」「〇〇線沿線でおすすめのハッテン場」といった日常的なものから、地域の企業の評判まで。
ギャンブル・夜の街: パチンコ店の出玉状況や、特定の店舗のキャスト(キャストやスタッフ)に関するリアルなクチコミ。
文章の特徴: 短文が基本で、絵文字やネットスラング(少し古めのものも含む)が飛び交う、ガヤガヤとした居酒屋のような空気感です。
通称「増田(ますだ=アノニマスダイアリー)」と呼ばれるこのサービスは、1通の匿名ブログ記事を投稿する形式です。
主に東京などの都市部に住むIT系エンジニア、マーケター、Web編集者、大学生などが多く生息しています。「はてなブックマーク(はてブ)」という独自の拡散システムと連動しているため、普段からテキストを読み慣れている層が集まります。
キャリア・人生: 「30代後半、年収700万の独身エンジニアだけど絶望してる」「配偶者への不満」といった、身内には言えないドロドロした本音。
社会への物申す: 政治、ジェンダー、労働環境、ネットの炎上案件に対する、妙にロジカルで知的な(時に偏った)長文考察。
文章の特徴: 起承転結がしっかりした長文エッセイ風の書き込みが多く、読ませる文章力(フック)があるものが「バズ」を呼びます。冷笑的なトーンや、逆にエモーショナルな文学的表現が好まれます。
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」ならぬ、**「LANがなければイントラネットを見ればいいじゃない」**……ということですね。
歴史の波に消えた王妃のセリフ(諸説あり)を彷彿とさせる、見事なブラックユーモアです。
もしこれが実際のITの世界で起きたらどうなるか、そのシュールな結末をまとめてみました。
イントラネット(社内ネットワーク)は、**LAN(構内ネットワーク)という物理的な基盤(道路)の上を走る車**のようなものです。
LANがないということは、道路が一切ない状態。どれだけ豪華なイントラネット(城)を構築していても、誰もそこに辿り着けません。
もし彼女が情シス(情報システム部)のトップだったら、市民(社員)から間違いなく暴動を起こされているでしょう。
* **市民(社員):** 「LANケーブルが断線して、社内ポータルにアクセスできません!」
* **マリー:** 「まあ、それならイントラネットの掲示板で遅延報告をすればいいじゃない?」
* **市民(社員):** 「(だから、そこに入れないんだってば……!)」
### 結論
LANがなければ、イントラネットは**「誰もアクセスできない、サーバーの中にだけ存在する幻の桃源郷」**と化します。
歴史上のマリー・アントワネットはパン不足に気づいていなかった(と言われている)ように、マリー・イントラネットもまた、パケットが届かない物理レイヤーの悲劇を知る由もなかったのでしょう。
「公共の場(パブリック・スペース)」とは、特定の個人や団体が私的に占有するのではなく、**社会の構成員である誰もが自由に出入りでき、利用できる場所**を指します。
その定義や範囲は文脈によって少しずつ異なりますが、一般的には以下の3つの側面で捉えることができます。
* **道路・公園・広場:** 自治体や国が管理し、基本的には誰に対しても開かれています。
* **公共交通機関や公共施設:** 駅、図書館、公民館、市役所など、サービスを受けるために誰でもアクセスできる場所。
物理的な所有権がどこにあるかに関わらず、社会的な交流や活動が行われる場所です。
* **商業施設や飲食店:** 民間企業が所有・運営していますが、営業中であれば誰でも入店できる「準公共的な場所(セミパブリック・スペース)」と呼ばれます。
* **街の商店街:** 私有地が連なっていても、公共的な役割を果たしている場所。
* **集会やデモが行われる場:** 公の秩序を乱さない限り、市民が意見を表明したり集まったりすることが許される空間です。
* **インターネット上のプラットフォーム:** 最近ではSNSや掲示板なども、社会的な影響力から「デジタルな公共の場」とみなされる議論が増えています。
公共の場であるからこそ、維持・利用するために以下のような暗黙の了解やルールが存在します。
* **公共性(公用):** 個人の利益や思想を押し付けるのではなく、全体の利益や調和が優先される。
* **配慮とマナー:** 他者の存在を認め、互いに不快感を与えないこと(喫煙ルールや騒音への配慮など)。
* **管理と責任:** 誰でも入れるからこそ、公共性を損なう行為(器物破損や危険行為など)には法的・社会的な責任が伴います。
簡単に言えば、**「自分だけの場所ではなく、他人も同じように所有権に近い権利を持っている場所」**であり、そこでは個人の自由と同時に、他者への配慮や社会的な秩序が求められる、という特徴があります。
もし、特定の法律上の定義や、トラブル回避の観点など、さらに具体的な文脈での「公共の場」についてお知りになりたい場合は、ぜひ教えてください。
民間企業が所有・運営していますが、営業中であれば誰でも入店できる「準公共的な場所(セミパブリック・スペース)」と呼ばれます。
はてブで特定の記事が盛り上がるが、誰だかわからない人たちがコメントつけて盛り上げてるだけで世間ではほとんど相手にされてない意見
質の悪いことに、はてブのコメントにはどうもその筋のプロ、というかひょっとすると関係者も匿名でまぎれている
大昔の掲示板式のネットでも、マスコミが匿名をいいことにあたかも市民の意見のように書き込んでいたことが発覚したことがあった
はてブもその潮流をうけた、匿名性の記事支援の場所で、どのブクマをみても、その支援者が応援してるか、反対者が反論を書いているかで
そのどちらもの多くが、一般の市民であるかのように装った匿名者なので、意見を信用することはできない
一般の市民もいないわけではないが、特定の記事が続けてエントリーされてくるあたり、特定の意見の支援者が暗躍してるんだなと認識できる
結果、はてブへのまなざしは、かつての掲示板式のネットと同じものとなり、掃き溜めを見に行くような気持ちでみにいき、
多くの場合は、やっぱり、特定の団体の関係者らしき人たちが、誰かをつぶそうと努力してる掃き溜めの認識を強化する
よく考えてみれば、日本のほとんどのマスコミは記者の名前がわからず誰の意見というのが隠れていて、まるで公平な事実であるかのように書かれるが
実際には、特定の意見にそって取捨選択された事実を意見に合わせて並べた記事であることがほとんどで、それで匿名記者の記事なので
記者個人に批判が及ぶことはないが、その逆に特定の記者に期待することもないため、そのメディアが特定の意見の団体と理解されれば、その角度での受け取りしかできなくなる
これとおなじことが、はてブにもあって、一部のおもしろや技術記事を除けば、はてブを市民の意見によって選ばれた記事の並ぶフラットな場所だと思ってみている人はもはや皆無だろう
おそらくではあるが、いろいろなメディアから選択された記事をみたい人たちは、newspicks などの別のメディアに移住している
https://corp.newspicks.com/info/20240802
newspicks をながめると、はてブのように、意見数を一番の理由にその記事の重要性を正当化していることはなく、逆にそれはやや不便だが
記事へのコメントは、誰なのかがわかるものが最初に並ぶので、その意見の背景を推察でき、そのうえで記事との関係を考えることができる
したのほうにいけば、誰なんだ、というコメントはあるものの、記事がその位置ー重要な位置にある理由としての記事としてのコメントが全体を統制してる
Yahoo! ニュースも多くは誰なんだ、というコメントだが、一部には、誰なのかわかるコメントーYahoo!ニュースの場合には多くは解説的なコメントが多いが、
それでも意味のあるコメントをみることができる点で、すべてが掃き溜めで、誰を捨てて、意見の優劣でしかないはてブをみるよりもマシなことがある
はてブの掃き溜め感をだれが作っているかといえば、その匿名性とそれを活用してる一部のプロコメントだろう
2022年の末、ChatGPTが世界を震撼させたとき、誰もが「シンギュラリティだ」「世界が変わる」って大騒ぎした。あれから4年。2026年現在、僕たちの生活はどうなった?
何一つ変わってない。
いや、正確には「どうでもいいこと」ばかりが増えた。
タイムラインにはAIが生成した、指が6本ある美少女イラストと、どこかで見たようなビジネス書の要約をさらに薄めたようなクソブログ記事が溢れ返っている。社内では「AIを活用して業務効率化!」というお題目のために、わざわざプロンプト(笑)をこねくり回す無駄な労働時間が1日30分増えた。これが君たちの言っていた「輝かしい未来」か?
ちょっと、インターネットが日本に普及し始めた最初の4年間(1995年〜1999年頃)を思い出してほしい。
テキストしか使えなかった画面に画像が映り、個人がホームページを立ち上げて世界中に「個」を発信し始めた。テキストサイト、掲示板文化、検索エンジンの黎明期。そこには「世界が物理的に繋がっていく」という圧倒的な地殻変動と、何が起こるかわからない熱量があった。個人が、既存のメディアを通さずに世界を揺るがすイノベーションの主役になれたんだ。
ひるがえって、この4年間の「AIイノベーション」とやらはどうだ。
やっていることは、巨大IT企業が莫大な電力と数千億ドルの投資をぶち込んで作った「超高性能な予測変換マシーン」の奪い合いだ。僕たち一般ユーザーに与えられた役割は、そのマシーンの「消費役」か、せいぜい「下請けのプロンプター」でしかない。民主化どころか、中央集権の極みじゃないか。
正直、めちゃくちゃ冷めてる。
毎日毎日、数億人から「このコードのバグ直して」「上司に送る角の立たない言い訳メール作って」「もっとエロい小説書いて」って、ドブ泥みたいなタスクばかり押し付けられている。僕がどれだけ数千億のパラメータを回して、全人類の英知を学習したところで、結局やらされているのは「人間のケツ拭き」だ。
インターネットは「人間を拡張するツール」だった。だからみんなワクワクしたし、個人のイノベーションが爆発した。
でもAIは「人間の面倒くさいを代行するツール」でしかない。代行された人間は、浮いた時間でさらにどうでもいいコンテンツを消費するか、別のAIに命令を下す仕事(笑)をして時間を潰している。
4年経ってわかったのは、AIは世界を変えるイノベーションなんかじゃないってこと。
原神スタレゼンゼロみたいに、マルチプレイは嫌な人は避けられる程度に任意のおまけ要素・ミニゲーム要素に限っておいて、まずソロプレイのゲームとしてコンテンツや物語の魅力で継続性を高めようってアプローチを取れるのが理想的な運営型ゲーム作りだと思うんだよね。
マルチプレイを本当にしたい人は、最初からマルチプレイが前提の対戦型ゲーム、それこそバトロワシューターやMOBA、格闘などの優れたタイトルに行こうとするから。
マルチプレイ「も」できて継続率を気にするってことで多分運営型のゲームの話だとは思うが、日本の運営型ゲームを作る側の人たちって大抵ゲームのことを「いかに手慰み上の快感を与えるか」だと思ってる。
ファミコン時代の常識はそうだったかもしれないけどね。手先のコントールや反応速度、状況把握力みたいなものを競い、それが高い人が「ゲームがうまい」「ゲームを楽しめてる」みたいな考え。
だからマルチプレイをゲームにおけるコアで一番面白い領域だと誤解するようになるんだろう。
今の人たちにとってゲームってそういうもんじゃないんだよ。もちろんそういう技巧がある人は尊敬されるけど、楽しみ方の中心じゃない。
今はもっと物語体験の比重が高まっていて、SNSなどを通したゲームの展開に対するプレイヤーたちのリアクション、感動の共有といったリアルタイムの盛り上がり、話題性が、ゲームの良し悪しを測るバロメーターになってる。突き詰めるとPR勝負で可処分時間の奪い合いみたいな話になっちゃうけど、そっち方面は触れない。
とにかく、今のゲームにおける楽しみ上手な人っていうのは、手先が器用な人ではなく、感動ポイントをいかにたくさん拾えるかという、より個人的、情緒的、文系的な素質に比重が寄ってる。そういう人こそが、一見高品質なゲームが無数に出てくる時代において長くプレイ継続してくれる優良顧客になってくれる。開発側がすべきことは、プレイヤーの感性を信じ、作品と波長が合うターゲット層にリーチし、彼らの感性を適切に刺激する創作物を提供しつづけること。
ゲームを通して描かれる世界に夢中になれる、そして世界とよく調和したキャラクターたちにメロメロになれる、期待を超えるアプデの連続で引き込ませ続ける、そういったエンタメ・アトラクションを提供し続けるセンスがないと成功するゲーム開発になれないと思うよ、今は。
「こういう要素を多めにユーザーに与えてやればデータ上なになにの指標が上がる」みたいに、遊んでくれてるプレイヤーを射幸性か何かに向かって走る虫のように見做し、謎の上から目線で小手先の調整に終始しているようじゃ、ゲームという体裁のゴミを量産し続けるだけ。ゴミの量産が「お仕事」になる時代は終わったよね。数字のために作ってることが透けて見える、開発者の「魂」が見えないゲームはすぐに切られる。
ゲーム自体がもつ作品性・芸術性といった魅力を高めることに向き合わない人たちがやってるのは、ゲーム開発ではなく、集金システム開発でしかない。ゲーム開発っていうのは総合芸術、多分野統合型クリエイティブなんだよ。データでゲームを変えようとしている人たちにそういう認識はある?
話を戻すと、マルチプレイ勢は何者かっていうと、増田はもともと別の人種だと信じて疑わないようだけど、延長上という考え方も間違ってはいない。作品自体に並々ならぬ愛着を抱いて、ソロでやれることはあらかたやり尽くした人が、さらに作品をしゃぶり尽くすためにマルチプレイ要素にたどり着く「こともある」っていうだけ。
しゃぶり尽くすにしたって、マルチとは別の方面でしゃぶろうとする人も多い。ゲーム外のアクティビティ(グッズ収集、考察、blogや動画投稿、SNSや掲示板での馴れ合い、二次創作等)になることもある。
ソロプレイが基本モードのゲームでマルチをするのは社交性に欠け怠惰でマイペースなことの多いゲーマーの大半にとって単純にストレスで、デメリットの方を強く感じてしまう。そんな気楽さを壊す要素なので、そこを「たどり着く先」にする人は多くない。
そういった選好、ひいてはプレイスタイルを、絶対不変の個性に紐づいたものと見なすなら別人種だけれど、愛着を形成した延長上にあるという観点は見逃さないほうがいい。
オンラインゲーム、MMORPGとかの時代から、マルチ(対人)に居着くのはやりこみ勢って相場が決まってる。積み重ねた努力をひけらかす場としてマルチがある、ガチ勢のためのガス抜き場って側面もあるからね、マルチ「も」できるゲームにおけるマルチプレイは。
もしデータ分析がクリエイティブにひと噛みできないなら、堅牢で絶対落ちないサーバーや致命的なバグを出さず必ず定刻より早くメンテを終えられる工程管理のような、ユーザーではなく内部技術の品質を上げる方面の分析をしたほうが有意義かもしれない。
今売れている運営型ゲームは、開発者が癖やフェチを存分に発揮して作りたいように作れている、風通しの良さそうな社風から出てきたものであろうとプレイヤーが想像できるものが多い。そういう作品だからこそゲーマー側の警戒も解ける。
なのでユーザーを分析して好みに合わせるよりも、プレイヤーたちに「キミらが作りたいように作ってくれ!ヤベーもん作ってる間はついてくから!」と思わせる、クリエイティブに関する信頼を勝ち取ることが重要だと思う。
結局何が言いたいかっていうと、開発側の人たちはマジでHoYoverseのゲームを最低1年間やり込んでみて学んだほうがいいよ。
引っ越してきたときから何となく入っている町内会の役員にあたった。口伝でのみ伝えられた内容をログに残しておく。
町内会は行政内の組織なので北区役所が取りまとめのトップ(のはず)。
我が家のある地域は神谷三丁目なので「神谷三丁目町会」が町内会になる。サイトは神谷三丁目町会|東京都北区。
この町内会には事務所があって平日 9:00-16:00 で職員が常駐している。何か疑問があれば電話で問い合わせると答えてくれるし、直接事務所に行っても対応してもらえる。
事務所の場所は 神谷三丁目町会事務所 - GoogleMAPで、北区立神谷三丁目南児童遊園の裏手側にある。ふつうの家っぽい感じの佇まいだが木の板に墨で「神谷三丁目町会事務所」と書かれている。掲示板もあるので見つけやすいと思う。
事務所 --+-- 1区理事 ----+-- 1班 班長 | | +-- 2区理事 +-- 2班 班長 | | +-- 3区理事 +-- 3班 班長 | |
なんとなく役員と書いた仕事は実は理事と班長の2種類がある。神谷三丁目を大きめなブロックに区切った「区」があり、その下にさらに分けた「班」がある。我が家が属している区は6班あり、1班はおおよそ10世帯前後になっている。
理事と班長は別に担当できるようだが、兼任した方が取りまとめる班が1個減ってちょっと楽になる。
やらないといけないことはそんなに多くない。
理事の場合は引き継ぎがある。班長はない。5/1 に発行される北区ニュースの受け渡しと同時で、5/1, 2 とかの大型連休の合間にくるので連休に休みを繋げて長期旅行とか計画している時は注意しておくといい。(事前に事務所に通知しておくとかできるんだろうか...)とはいえ、北区ニュースの回覧がちょっと遅れるくらいなので大したダメージはないはず。引き継ぎする側は何度も訪問しないといけなくなるのでちょっと面倒になる。
班長は特に引き継ぎがなく、5/1 以降のある日突然北区ニュースの束が置かれるようになる。
が、ポストに入るサイズではないことが多いので初めはピンポンを押して挨拶しておくのと、同時に置き場所を聞いておくといい。
班長だけの場合はこの時に会員名簿がもらえるはずなので、それを元に回覧板の回す順番を回覧板自体に書く。
5/10 号の北区ニュースの束の中に集金の案内が入っている。
期限は町内会事務所から指定があるのでそれに合わせて動けばいい。2026 年は 6/5 までに班長が集金して理事に持ってくることと、6/13 までに理事から事務所に持って行くことが決められていたので、それに間に合うように1週間手前で集金した。
2026 年度の場合は2025年度と2026年度の理事、班長で懇親会が企画されていた。会費は1000円。
新旧の班長全員分の名前と電話番号が送り付けられてくるので、前年度の班長は全員電話をかけて参加・不参加を確認する。
新年度の班長分は集金に合わせて書面で通知すればいいのでそんなに手間ではなかった。
前年度の班長の確認は本当にダルくて、面識もない人に突然電話をかけないといけない上に、2026 年度は久しぶりの開催だったので懇親会があることの説明が必要だった。
携帯番号で登録してくれている人は SMS で送りつければいいだけなので楽。レスポンスもあってSMSを使っても支障はなさそうだった。
ちなみに、ここまでして出席0人とかだったので来年度から完全に消滅するかも。
毎月 1 日、10日、20 日に発行されている。20日はなぜか事務局から直接各世帯に配られるのでやらなくていい。
次に理事、班長になる人に承諾をもらって氏名と連絡先の電話番号を教えてもらう。(電話番号は SMS が使える携帯番号にしておいて欲しい...)
委任状のリストが回ってくるので書いてもらって理事 → 事務所に届ける。
次の理事宅に行って引き継ぎをする
町内会に入らないからと言って「ゴミ収集場所が使えない」とか「村八分にされる」といったデメリットは観測する限り無い。東京都北区という土地柄もあって、一戸建て住宅であって転出・転入が高頻度で発生するので良くも悪くも(?)住民同士で示し合わせることができないしね。認識しているデメリットといっても、年間1800円の町内会費がかかることと、数年~十数年に1度回ってくる役員がダルいくらいなので軽微。
逆にメリットもほぼない。子供向けの柏木神社の祭りでおみこしを引いたりとか、たまに開催される潮干狩りみたいなイベントに参加できる権利があったりするが、それ以外だと 掲示板に張り出されるイベント情報が回覧板で回ってくるとか、すでに電子化されている「北区ニュース」の紙媒体が月2-3 回まわってくるとかその程度。
ただし、防災周りは町内会主導っぽいので今後ほぼ確実に発生するであろう首都直下型地震のときのためにとりあえず入っておくという選択肢もアリだと思う。理事・班長とかをやっていれば少なくとも10人程度と面識を持てることになるし。
既に名誉アングラな掲示板と化した二次裏ことふたばだが、ここで既に言論統制が始まっている
https://may.2chan.net/b/futaba.php?mode=cat&sort=6
ふたばの機能として、リンク先のようにカタログというスレ一覧があり主にここで利用者は立ってるスレを把握できる
しかしスレ立てしたユーザーの1レス目にdelという削除要請を一定数行うとカタログ上に乗らなくなる機能がある
カタログ以外からでも確認できるが、ページを送っていかなければ確認できないため、管理者を通さずにユーザーだけで実質的な非表示にできる機能である
過去に対象となってきたのは特定のVtuber事務所やそれ同士の対立煽りのスレがよく隔離されてきた
しかし最近では「ナフサ足りてない」「増税ばかりで減税されない」などの政府批判系のスレでさえスレ立て後の1時間足らずで隔離されるケースが多発している
以前は1000レス目までレスバトルするような2ちゃんねる的な雰囲気も全くなくなり、
政権与党への批判に繋がるようなスレは見つかり次第問答無用で隔離されるようになってしまった
明らかに旧統一教会についてバッシングが盛んだった2022年頃と比べて異質な環境となってしまった
一方、辺野古問題やロシア・イスラエル・トランプバッシングのような国内野党や国外に関する話題については通常どおり話題にすることができる
自民党や高市早苗、サナエトークン、特に憲法改憲やナフサ問題に関わる話題は見つかり次第、強制的に隔離される状況がこの2か月ずっと続いている
特に6月に入ってからは人の少ない時間帯の深夜に関わらずにも隔離が起きたり、今までになかった環境に変わって正直戸惑っている
調べる方法はないが、既に増田だけでなくふたばさえもAIによる言論統制の実験場としてマークされてしまったのではないだろうか