はてなキーワード: K-POPとは
K-POPアイドルのオタクを約3年ほどやっているが、最近こう思うようになってきた。
こう思いはじめたきっかけは、私が応援しているアイドル達が不祥事を起こした訳でも、彼らに直接的な原因がある訳でも無い。「良い歳した大人なのに、オタクをやっているのってヤバいな、やめなきゃ」という焦燥感から辞めようと思い立った訳ではない。「推しに貢ぐお金って無駄!自分に投資した方が有益」という風に、他のオタクを煽りたい訳でも無い。そういう風に考えたことは全く無い。寧ろ、オタクをやり始めてから毎日が楽しくなった。その事実は今も変わらない。同じオタク同士で仲良くなれた人もいる。アイドルに元気を貰い、日々の活力になった。こんなにもやりがいのある趣味は無いと思う。アイドルには感謝しかない。理不尽な叩かれ方をするアイドルを見て悲しくなったり、不誠実な対応をする事務所に怒りを覚えることもあったが、毎回なんとか立ち直れていたし、ライブが楽しみだった。
でも、何も考えず楽しむには、この趣味は辛いことが多すぎる。辛いこと、というのは、突発的な炎上や、事件だけではなく、いわゆる"推し活"が抱える問題や、仕組みに対する不満だ。それを薄っすらとずっと考えてモヤモヤしていることに、最近耐えられなくなってきた。
それを考え始めた1番のきっかけは、お金だった。アイドルを応援し、十分にコンテンツを楽しむにはお金が掛かりすぎる。私はアルバムを大量に買わないし、握手会やサイン会といった対面イベントにも興味が無く、恐らくお金を掛けている人間の百分の一もお金を使っていないが、それにしても出費が痛い。私が地方在住者であり、ライブ会場に行くまでの交通費がかかることが1番のネックだが、それを抜きにしても、毎回かなりの出費になる。今、日本が不景気であることを加味しても、ライブのチケット代はとても高い。そして、チケット代は毎年少しずつ値上げし続けている。
アルバムも地味に高い。私の応援しているアイドルのアルバムは、1つにつき、安くて2000円前後、高い時は4000円ほどだ。恐らく、これより高額なアルバムを出しているグループも沢山あると思う。こうして見ると、高価な物でも無いが、K-POPアイドルは大体1年に2〜3回カムバック(※新しいアルバム、曲を出すこと)をしている。その度にアルバムを購入しなければならない。これが積み重なっていくと、割とキツい。アルバムの出費自体はそこまで大きくはないが、購入が自然と義務化されていくことによるストレスは、感じるようになっていた。
そして、出費が固定されていると、他のことができなくなる。東京でやっているイベントに行きたい。新しい靴が欲しい。家具を新調したい。でも、アルバムを買わないといけないから余計な出費は抑えたい。いつか必ずあるライブのために、貯金をしておかなければならない。交通費、グッズ、チケット代、それらのために貯金をしなければならない。そう考えると、他のことに使っている余裕は無い。好きでやっていることだから別に良い。別に良いが、正直、そう言い聞かせている側面があった。いくら自分が好きでやっていることだと言っても、ここまで行動が制限されるのは辛い。私の生活にもっと余裕があればこのような思いはしなくても良かったのかもしれないが、そういう問題では無い気がして、少しモヤモヤとした気持ちがあった。それが最初だった。
だが、少しの不満はあれど、これらに対して無駄金、とまで思ったことは無い。アイドルが好きだから。自分がやりたくてやっているから。全て必要経費だと割り切っているつもりだった。ライブに行きたいからライブに行っているし、アルバムが欲しくてアルバムを買っているから。でも、ライブに行った月や、アルバム購入後のクレジットカードの請求額を見ると、少し苦しくなるのは事実だった。
そこで気づいたが、私とアイドルを繋ぎ止めている理由には『アイドルが好きだから』以外の物がない。他の人間のように莫大なお金を掛けていないから諦めきれない気持ちも無く、どうしても対面イベントに行きたい欲も無い。"好き"以外の理由が無い。強い執着心が無い。その為、アイドルが好きではなくなった訳ではないのに、「好きだけど、アイドルを応援し、お金を掛けることへの後ろめたさ」に耐えられなくなった瞬間に終わってしまう。そして、最近その気配を感じるようになった。
終わってしまったら、想い出は残るが、これ以上更新されない。アンコールの終わりに、「ずっと一緒にいてね」と涙ぐむ彼らの表情が目に浮かぶ。それらを想像し、深く悲しむくらいの情はあるのに、辞めたくない、と抵抗する気力は不思議と全く湧かない。
現代の、"推し活"のシステムが肌に合わないとはずっと思っていた。というか、現代の、アイドルの商売としてのシステムや、取り巻く環境に納得している人間なんて、存在しているのだろうか。売り上げ貢献や、対面イベントに行くためのシリアルコード欲しさを抜きにしたら、同じCDを何百枚も買いたい人なんて存在しないと思う。カムバの度に「大量のCDがもったいない」という気持ちが過る。
アイドルに、清く正しく聖人であるよう、それが当たり前のように、無邪気に強要しているオタクは恐ろしい。別に彼女がいようが、彼氏がいようが、恋人がいようが、どうでも良い。恋愛禁止は人権侵害だと思う。だって人間なのに。人間だから過ちを犯すこともあるだろう。その過ちの大小に限らず、オタクは言葉だけではなく、使えるものを全て利用し、ある時は肉体的に、精神的にアイドルを徹底的に叩きのめす。ボコボコにする。そもそも、アイドルとオタクのパワーバランスはおかしい。お金を払っていたら何を言っても、何をしても良いのだろうか。
所属タレントにも、消費者であるオタクにも、不誠実な態度をとり続ける事務所への不信感を抱えたまま、アイドルを応援するのはもどかしい。それでもアイドルが好きだから、アルバムを買うしライブにも行く。しかし、私の払った対価が、憎たらしい事務所にも吸い取られていることを考えると、やるせなく、悔しい。
匿名のメッセージツールに、出所が不明のゴシップや愚痴・デマを送る人間と、それを何の責任追及もなしに取り上げることができる人間の不気味さと異常さは、この世で最も醜い物の1つだと思う。反吐が出る。全員捕まって欲しい。
サバイバルオーディション番組に付随する何もかもが怖い。1番怖いのが、様々な問題が起こっているのにも関わらず、続々と新しい番組が登場していき、皆過去の苦しみを忘れてそれに熱狂していくことだ。
若く細く美しいアイドルの容姿に惹かれ、評価する度、これはルッキズムの助長行為だと葛藤する。完璧に近いアイドルの容姿を褒めることで、自分で自分達の首を絞め、生き辛くしている。
過酷なスケジュールに体調を崩したり、忙しくて辛そうなアイドルを見る度に罪悪感が募る。そこまでして貰えるほど、私は彼らになにもしていないし、して欲しくもない。しかし、私が望む彼らのパフォーマンスは、それらの苦しみによって生み出されているのだろうと思うと、何も言えなくなる。
ボランティアであること以上の仕事量を求められる、ファンダムに対する申し訳なさと、素人故の危うさから感じる緊張感。ファンダム同士の衝突やトラブルが起こり、それによるオタク同士の確執が誕生するのを、たった3年間で数えきれないほど見てきた。
オタクの善意や不安心、競争心を煽る音楽番組の仕組みも面倒すぎる。ライブや曲、アイドル本人達のことだけを考えてオタクをやりたい。カムバック中だって、他のアイドルの曲を聴きたい。でも音源の点数に貢献してしまうから聴けない。成績とか、音楽番組で1位を取れたとか、CDを何枚売り上げたとか、本当は全く興味が無い。私が楽しめるならそれで良い。でも、そうはいかない。そして、投票しない理由も、好成績を喜ばない理由も無い。アイドルが喜ぶから。喜んでいるから。好きなアイドルが喜んでいる姿を見て、嬉しい気持ちにならない訳がない。成績を残す度に、アイドルとして活動できる時間が少しずつ伸びていく。それの繰り返し。オタクが課金をして1位を取れたからなんなのだろう。そのお金はどこに行き、何になるんだろう。これはいつまで続くんだ。終わりはいつ来るんだ。誰かが倒れるまで?恐らく、誰が倒れようが、死のうが、続いていくのだろう。現に続いているのだろう。誰かがボロボロに傷付いても、一時のセンセーショナルなニュースとして取り上げられ、その内コンテンツとして処理され、美化され、忘れられていく。それはまだマシな方だろう。そもそも、そんな苦しみも、怒りも、悲しみも、無かったことのように処理されることが殆どなのだろう。
いつか来るであろう終わりが予想されていても、この業界とシステムの限界を第三者に指摘されていても、生きる為に、膨大な数の人間を満足させる為に、続けていくしか無いのだろう。
全てが少しずつストレスになっている。アイドルもオタクも、全員が全速力で走り続けなければならないやり方は息が詰まる。
アイドルという商売、特にK-POPアイドルの売り方が持つネガティブな側面について目を向けないようにしていたが、嫌でも直視しなければならない瞬間が来てしまった。物事を俯瞰で観察している自分に酔っている、と思われるかもしれない。現にそうかもしれないが、部屋の片隅に大きく積まれているアルバムの収納に頭を悩ませる時間は、本当に必要な時間なのだろうか。集票や投票のために、大量の広告を視聴している時に感じる虚しさは誤魔化せない。我々は何度白熊を狩り、ネジを抜いて、ジュースを大きくしていけば良いのか。
「そんなことは分かった上で楽しんでいる」という意見はごもっともだと思う。自分もそうだ。楽しんでいる最中こんな文章を目にしたら「うるさい、嫌ならさっさと辞めろよ」としか思わないだろう。でも今はもう楽しめない。アイドルと消費者の犠牲の上に成り立っている物が楽しめなくなっている。趣味に生産性を求めるのはあまり好ましくないが、それにしたって何も生み出さない。一瞬の感動を得る為に、多くの人間が、それぞれの何かを犠牲にしているにしては、あまりにも虚無だ。限界を感じる。
個人的な話だが、自分の、アイドルに対する距離感にも問題がある。個人的な話になるが、自分はかなり外的要因からの影響を受けやすく、共感しやすい。その為、アイドルを「赤の他人だから」と割り切れない。彼らが理不尽な攻撃を受ければ、腹が立ち、眠れなくなる。彼らが過ちを犯せば、大きなショックを受け、1日中それについて考えている。アイドルの全てを追いかける必要はないのに、それができない。0か100しかない。この性質は、現代でオタクをやる上でとても厄介だと感じる。
私がオタクを辞めたからといって、今の現状に歯止めをかけることはできないし、何かが変わる訳でも無いと思う。事務所の利益がほんの少し減る可能性と、私の日常のルーティンが1つ減ることが確かだ。
私は、これからもオタクを続けるのだろうか。自分でも分からない。今でもアイドルのことは好きだ。好きだと思う。楽しい想い出も沢山ある。元気を貰ったことも確かだ。でも好きである以上に、この終わりのない連鎖に加担している事実が耐えられない。別に、ある日突然現在の環境になった訳でもなく、今までずっとそうだったし、私がオタクになる前から続いていたことだと思う。それに耐えられなくなった、というだけである。もしかしたら、数ヶ月後にはまた元気にアイドルを応援している自分がいるかもしれない。今、確かなのは、自身が苦しんでいることを整理し、言語化しなければならないほど疲弊しているということだけだ。
同じアイドルを応援している友人達に水を差す訳にもいかず、かと言って自分1人で抱えるには辛かった為、ここで開示した。
少しでも、今のアイドル業界が、"推し活"が抱えている問題点が改善してくれれば良いと祈っている。
>韓国人キャラに関してはK-POP人気で韓国語を学ぶ人も増えたから、今後増えるんじゃないか?
K-POP人気のピークをすでに超えてるのに、ぱっと思いつくK-POPキャラが出てくる漫画を挙げられないんだから、その筋ではもう漫画が描かれることないってことよ。
ドラマでは韓国連動の国産作品はいくらでも出てる状況で漫画はないってことは、ネットを主要市場としてる漫画には未だに「嫌韓」からの批判にアレルギーがあるんだろうよ
ただそのアレルギーも薄まってるから、K-POP文脈とか関係なく韓国人や韓国を舞台にする漫画が増えてくだろうねってのはそうだろねって思うね
ヤンマガのねずみの初恋には韓国の人身売買組織が出てくるよ(ヤクザ関連は昔から韓国系もいたかな?これは韓国のバイオレンス映画の影響だろうね)
韓国作品と言えば、封建的、男尊女卑、財閥、ITみたいなのが代表的だけど、全部「それ全部日本にもあるし韓国設定にする意味ある?」ってものばかりだから、普通の作品でわざわざ韓国人キャラを出す意味はないんだよね
詳細
反論している側は、多くが
「他世代もいる」ことをもって、
「若い世代文化としての性格がある」ことを否定しようとしている
増田の元の主張は、
という受け方があるのではないか
という話です。
どの世代がその文化を“自分たちのもの”として感じやすいかの話です。
⸻
【根拠】
ガンダム、エヴァ、東方、ニコニコの例で考えると分かりやすいです。
ガンダムにも古いSF・ロボットファンはいたし、エヴァにも年長アニメファンはいたし、東方にも元の同人STG・PCゲーム系の年長層はいました。
それでも、それぞれ特定世代が「自分たちの文化」として強く受け取った面はあると思います。
だから、
おじさんも見ている
古参もいる
は、反論として弱いです。
「若い世代の自己文化として機能している」という話は否定できません。
⸻
でも、特定作品が同人・SNS・カップリング・イベント参加で若い女性文化として燃えることはあります。
この時、
と言うのはズレています。
同じように、
もズレています。
重要なのは、コンテンツの公式対象年齢や全体視聴者構成ではなく、どの層がどの文脈で熱量を持っているかです。
⸻
でも、反論としては弱いです。
初期に年長ネット民・東方・ニコニコ・同人ゲーム系の人が火をつけたとしても、その後の文化が若い世代のものとして再編されることは普通にあります。
元は同人STGというかなり狭い場所から出ていますが、ニコ動・二次創作・音楽・イラストで若い層に広がりました。
これも、仮にデータとして正しくても、反論としては限定的です。
なぜなら、増田は
とは言っていないからです。
これはほぼ反論になっていません。
認識していることと、身体感覚として文化の内側にいることは別です。
おじさんがK-POPを知っているからといって、K-POPが若者文化でなくなるわけではありません。
これは半分正しいです。
韓国人って韓国に関することだと何でも頭にkをつけて「k-◯◯」と言いがち。
「k-民主主義」。韓国人は民主主義への自負心がめちゃくちゃ強いので、民主主義にもkをつける。
これは、この20年間延々と韓国で作られている「もし現代の韓国が立憲君主題だったら」という設定の作品群のことをそう呼ぶ。こんな言葉が出来るくらい、架空の現代韓国王室(または現代韓国皇室)を舞台にしたドラマやネット小説は数多く韓国国内で作成されているのだ。今年4月からもその設定のドラマが放映されているらしい。
民主主義への自負心を強く抱く一方で、立憲君主制にロマンを抱く韓国人は実はかなり多いようだ。かといって、パフラヴィー朝復活を支持する国民が一定数いるイランとは違って、韓国人は本気で君主制復活を夢見ている訳ではない。朝鮮王朝末期の王族の評判はすこぶる悪い。
この現象、なかなか興味深い。
韓国ドラマで頻繁に登場する財閥の上位互換の存在として立憲君主制の王族にロマンを抱いているのは間違いなくあるだろうが、それだけでもないようだ。
「再召喚された帝国ロマン「皇室復元」チートキーはなぜ不滅なのか」という韓国のWEB記事( 다시 소환된 제국 로망 ‘황실 복원’ 치트키는 왜 불멸하는가 (출처 : 네이버 연예) naver.me/5Z1G82Jl )を読んだら、このあたりの韓国人の心情が分析されていた。
存在しない皇室がコンテンツで絶えず復活する理由は何だろうか。その裏面には美学的憧れだけでなく、現代社会欠乏と叙事的欲望が複雑に絡み合っている。
最初に目立つ要因は歴史的負債感に起因する「代理満足」だ。国権侵奪という痛い歴史は大衆の無意識の中に「私たちがその時強かったら」という仮定を残した。皇室復元物は、堅固な大韓帝国の立地を通じて歴史的「恨」を洗い流すカタルシスを提供する。ここに制服を着た皇太子とシャンデリアがついた景福宮という「K-ファンタジー」美学が加わり、民族的誇りを極大化する。
この件、日本人の立場で興味津々な態度でいるのも何やら無神経だよなぁと我ながら思うので少し言及し辛いが、今後もこの架空の、現代韓国王室が存在する世界線というジャンルの作品は繰り返し作られていきそうだなと思った。
日本って65歳以上が3割超えてるわけで、そっちに向けてものを作るほうが普通にビジネスとして正しいじゃないですか。
高齢者向けって言うと「健康食品」「老眼鏡」「演歌」みたいなイメージがあるけど、実態は祖母がラウールの身長を把握してる社会なんですよ。ズレてる。
音楽チャートも映画の興行収入も、実は中高年がかなり動かしてるって話をどこかで読んだ。若者向けに見えるコンテンツが実は40代50代に支えられてる、みたいな構造。ジャニーズが長年強かったのも結局そこじゃないかって気がしてきた。
ただ、「高齢者向けカルチャーが中心になる」って言葉、なんかちょっと怖いなとも思う。自分が若者側の人間だと思ってたのに、気づいたら少数派になってる感じ。いや28歳は若者だと思うけど、数の論理でいくと消費者としてのプライオリティは低くなっていく。
市場に合わせてコンテンツが作られるとしたら、30年後に流行るものって何なんだろう。その頃の80代が若いころ好きだったものをベースに、なんか作られるのかな。2020年代のK-POPとかアニメが、老人ホームで流れてる世界。それはそれで悪くない気もする。
https://musicgacha.com/
トレカのパック開封みたいに、パックを開けると有名曲のカードが6枚出てくる。
デイリーTOP200、J-POP、K-POP、ボカロ、アニソン、ヒップホップ、洋楽のパックがあって、
特にデイリーTOP200は最新のトレンド曲や、最ブームが起こってる懐かしい有名曲が出てきて楽しいと思う。
カードにはレアリティがついていて、URとかLRが出るとけっこう嬉しい。
その場で試聴もできる。
ゴールドパックとか、けっこう作り込んだつもりなんだけど、
知らない曲に出会いたい人には合うと思うんだけどな。
https://musicgacha.com/
もう春です。焦っています。
嵐からあの発表から約10ヶ月あって、何もできていません。オタクとしては生きているのだけど。自分の嵐のオタク(仮)としての記録が何か残せたらいいなと思って、何かしよう、しようと思って、約300日です。本当にあっという間です。嵐の皆さんは毎日忙しそうなのにね。私はこんな普通の社会人の癖してね。
私は、2年前に嵐を、というか櫻井翔さんを好きになり、その年の5月にFCに入りました。あのお知らせが去年5月に来た時、少し運命的なものを感じながら更新しました。
活動が終わることはなんとなく薄ぼんやり頭の片隅にあったけれど、FC自体がなくなることは、全く予想できていませんでした。お金出して見たい欲しい過去のコンテンツ、本当に本当にまだまだたっくさんあります。ドリアラとかOneとかどうなるの・・・・・・?
つまりド新規です。しかも活動休止後にFCに入っているので、もしかしたらあんまりいないタイプ?かもしれません。あと、ド新規の癖して何語ってんだと言われたら本当にそうです。でも、どうしても語りたくなったので、語ります。
初めて国立に嵐が立ったとき、私は中学生でした。同級生の友人には、ハワイの海上でデビュー会見をしている嵐の記憶があるらしいので羨ましいです。私自身にはこの記憶は全くありません。私の中の一番古い嵐の記憶は、思い起こすと、プチシリーズのCMの様な気がします(2001年くらい)。シングルの一番古い記憶は多分「君のために僕がいる」で、「時代」に若干衝撃を受けた気がします。
小学生の頃、母親が松平健さんのことが好きだったおかげで、私の家では土曜の昼は、ほぼ毎週松平健さんが司会をつとめていた「バニラ気分」という番組を見るために、フジテレビがかかっていました。そうなると、その番組内企画の‘’まご‘’の嵐を自動的に見ることになります。私はこの「まごまご嵐」という最高の番組で、嵐のメンバーの名前をしっかり覚えました。番組を知らない方に説明すると、まごまご嵐とは、視聴者から依頼され、なかなか会いに行くことが難しい本当の孫の代わりに、嵐が1日孫になって、依頼された方のおじいちゃん・おばあちゃんのお家へ行き、お手伝い(農作業とか)をするというハートフル番組です。当時の嵐はみんな20代前半で、大野くんが25歳くらいでした。
テレビを見ながら、「良い番組よね」と母親が言っていたのを覚えています。少しお堅めの母親なので、当時金髪茶髪だらけ(一部坊主)の嵐の面々を見て最初は怪訝な顔をしていたと思うのですが、番組内容をきちんと見た上での発言だったと思います。この頃、幼すぎて恐らく理解していませんでしたが、既に私はおじいちゃん・おばあちゃんに優しい嵐に対して好感を持っていたのだと思います。後ほどこれが「VS嵐」になると思うと感慨深いし、「GRA(ゴールデンラッシュ嵐)」も「中華街留学」も良い思い出です。お城行ったり、子どもの晩ごはん作ったりもしてましたね。あと、大人になって、多分うっすら、「嵐の技ありッ!」も見ていたのだと思い出したりしました。お昼の番組って意外と見ますよね、小学生は特に。
中学生くらいになると、少し遅い時間の番組も見ることができるようになりました。というか、親の就寝後に起きて、音量最小限で深夜にテレビを見ることに興奮していました。私は、夜更かしをすることが異常に好きで、深夜帯の影響を現在に至るまで、受け続けています。ちなみに今も夜更かしすることだけは得意です。
社会不適合の片鱗がここから現れるなと書いていて思いましたが、嵐のことを書きます。
「嵐の宿題くん」で見る嵐は、面白爽やかお兄さん集団でした。あのゆるい空気、今ならわかります、大好きでした。
本当なら、「真夜中の嵐」からずーっと深夜帯の嵐を追いかけたかったです。
女子校だった高校生の頃、隣の席の子がやたら鮮やかな赤色の財布を持っていました。それを見た私が、
その子が
「だって翔くんの色だもん」と言ったのを今でもはっきり覚えています。
その時初めて、ジャニーズにメンカラがあることを知ったのです。
当時その子は嵐のFCに入っていて、ライブの当落で一日中そわそわするのを横で眺めていました。嵐のライブは、多名義で応募しても札幌ドーム第一希望でも外れるくらいのやばい代物ということはその子経由で知りました。正直、当時は北海道や福岡までライブに行く発想があることにびっくりしていましたが、這ってでも行く気持ちが今なら痛いほどわかります。
嵐が売れなかった頃の記憶がうっすらとあり、嵐が国民的アイドルになるまでの過程もなんとなくですが、テレビで見る範囲では、わかります。国民的アイドルになってからは、毎日誰かがテレビに出ていて、嵐の番組も毎週何かしらはずっと見ていました。だから、誰が何が得意で何が不得意かは知っていたし、なぜかどういう服のコーディネートを組むかまでも知っていました。
ダブルパーカーばっかり言われているけれど、私は「ひみつの嵐ちゃん!」がなかったら、漁サン(漁業用サンダル)にあんなにカラバリがあることを知らずに生きていたと思います。
出ていた紅白も勿論全部の年を欠かさずに見ているし、ラスト紅白の時に母親とテレビを見ながら、「もったいないねえ、こんなにいいグループなのにねえ…」としみじみ会話した記憶があります。
このことが、どんなに震える事実なのかを、きちんと好きになってから、把握しました。
(というか意識をしていなくても当たり前に嵐に触れていることが本当にすごい)
今、きちんと好きになれて、本当によかったな。という気持ちがあるけれど、もう少しだけでいいから、もっともっと早くちゃんと好きになりたかった、できることなら、オタクとして心底一生涯をかけて応援したかったというのが、昨年5月のお知らせを聞いてから最初に思ったことでした。というか、一生涯かけて応援している方々は、間違いなく見る目がありすぎます。私は大後悔しています。あの報告の後、本当にいろんな気持ちがまざり、号泣し、一週間ほど食欲がなくて、ここは現実なのか?幻なのか?と、雲の上を歩くように地に足がつかない状況で職場に行くことだけをしていたら、人生で初めてコロナになりました。ウィダー(inゼリー)さん、お世話になりました。ありがとうございます。
嵐のことをもっと早くに応援していたら、きっと今の私とは全く違う人間になっていたのだろうな、とも思います。もしそうだったら、今の今まで、同じ情熱で応援し続けられるかは正直わかりません。
でも、今、ずっとこれを書いているときだって思うのです。毎日、嵐のこと好きだなあ、大好きだなあって。
嵐との一方的な付き合いは、今だけでなくずっとずっとあったのに、なぜ今になってFCに入ったのか。それは、まあ単純に、好きなことに今気づいたから、というか、やっと認めたから、なんだと思います。
かっこよく?言うと初恋にやっと気づいたから、ラブソーのイントロがずっとかかっていたのに、聞こえてきたのが今、という感覚です。
きっかけは、ぐんぴぃのドッキリ動画に櫻井くんが出ていたことなんだけど、そこからFC入会まで、この気持ちが本当なのかどうかを確かめるのに3ヶ月かかりました。
私がこの気持ちになんとなく20年間くらい(改めて年数を数えると長)、蓋をしていたのは、異性のアイドルを本気で応援することに、照れや恥じらい、葛藤があったからなのかな…となんとなく思います。そんなことで?と思うかもしれないけれど、ジャニーズを、男性アイドルを好きって言うことはそれなりに勇気がいる、というか、お前なんかが応援すんの?と誰かの目に映ることが本当に怖いのです。特に思春期の頃は。
あとは、社会人になって、アイドルの凄さをよりクリアに捉えるようになった(仲間と何年間も続ける仕事、プロ根性など)と言うのもあります。
スクールカーストというものがありますが、ジャニオタは私の世代ではかなり上位の存在で、ディズニーオタと同じくらいの権威があったように思います(これを書いていて思いましたが、令和の世と時代が違います)。私の世代の学校は、音楽で言うとジャニとLDHに支配されつつ邦ロック、AKBももクロ坂道、K-POP、V系のオタクがいて、まあ二次元オタ(ボカロ、アニソンとか聞く層)もなんとなくいたみたいな感じでした。二次元のオタクは母数かなり多かったのですが、多くは語りませんが、まあなんというか、‘’そういう位置‘’にありました。でもオタクに優しい学校だったと今振り返ると思います。
当時、ヘ○リア、ボカロ、少年ジャンプ、ニコニコ動画…と二次元に染まりきっていた私は、素直にジャニーズが好き(というか嵐が好き)と言えなかったように思います。気持ちに蓋をしていたこと自体も封印していたような感じがします。今で言う逆張りの極致にいたので、ジャニーズ(笑)というレッテルをスクールカースト下位の下位(もしかしたらカーストからあぶれていたかもしれません)から貼っていました。嵐がFNSで色々と迷宮入りしたとき、ネットで草を生やされているのを野次馬根性で見ていたような、そんな哀れな存在だったのです。
素直になるまで時間かかりすぎだろと自分で思いますが、人生本当に何が起こるかわからないことを実感しました。アイドルってすごい。と堕とされた今、純粋に思います。
そして、四谷大塚の有名広告「なんで私が東大に?」と同じテンションで、「なんで私がジャニオタに?」となっているこの状況に毎度驚かされます。ファミクラストアの箱がたくさん家にあるの、自分で買ったものなのに結構びっくりします。
正直言うと未だにオタクと呼べるほどの存在ではない、まさにオタク(仮)です。Tの嵐!(仮)
今、嵐を好きになって本当に良かったと心の底から思います。そして、自分がどこの立場で物を言っているか、わからないけれど、私の世代の男性アイドルの代表格、ど真ん中が嵐というグループで本当に本当に良かった。この穏やかで優しくて、若い頃はかったるそうで、でも尖るとき尖ってて、ファンや見ている人々に寄り添ってくれて、面白くて、それがわざとらしい感じじゃなくて、どこかの商店街にいそうな空気感なのに、どこにもいない。そして、ちゃんと見ると(ちゃんと見なくても!)、実は全員イケメンなおじさ…お兄さん達大好きです。そして確信しています。こんなアイドルグループもう二度と出てこない。こんな好きな人たちに出逢う季節二度とない。
もう、春です。明日というか今日、札幌のライブ初日です。てか今日になってる。
昨年の夏、嵐がいる最後の夏だと思って勝手に切なくなっていました。
6月1日、どうなっているでしょうか。未来のことは何もわからないし、誰にもわからないです。どうか、嵐という最高のグループが、最高の景色で終えることができますように。
Five最高だったよ!